「宇宙葬」 | Sphera Solutions, Japan株式会社


「宇宙葬」

 宇宙葬のビジネス化を夢見ていた女性の記事を読んだ。体当たり的に米国で開かれた宇宙開発会議に出席し、15分間英語で自分の構想を説明した。それがきっかけで、「スペースX」へのパイプができ、ビジネス化を目指しているという。

 

 遺骨は空の流れ星となって地球を眺めてから消滅する。なんとなくロマンチックだ。宇宙も地球の周囲も汚すことなく、大気と一体となり消滅するという筋書きだ。

 

 気になる宇宙葬の価格は、手のひらサイズの遺骨50グラムで55万円。1人分の遺骨は2キロほどになるため、550万円以上と呼んでいる。なんとか3ケタにならないようにと努力中だという。決して安くはないけれど墓の永大使用量が60万円とすると、少し努力すれば宇宙葬に手が届きそうな気にもなってくる。

 

 電気自動車の価格を見ると軽自動車のEV で240万円ほど。一般の普通乗用車の場合500万から1500万ほどの幅があるが、宇宙葬と桁外れに違うとも思われない。あなたは電気自動車に乗りたいですか、それとも骨に宇宙観光をさせたいですかという二者択一の選択になるとも考えられる。

 

 現実の世界でも快適で便利な生活を考えれば、EV購入ということだと思うけれど…。困っている。脳みそに化学変化が起きたのか、宇宙葬の魅力を過大評価する気分になってしまっている。

 

 生きているうちに宇宙を旅することはとても考えられない。それなら、骨に宇宙観光をプレゼントしようかとも思ってしまう。唯一金額が大きいので、無責任に他人に言うことはできないけれど、勝手に生まれた妄想が吹っ切れなくて困っている。……たぶん、宇宙から見た地球はきれいだろうな。富士山ははっきり見えるだろう。……地球上のわがままな人々とはおさらばしたし。……。

 

 当分の間、悩んで暮らすことになるでしょう。宇宙葬は快適か?そうでないか?骨の燃えかすは自分か?それとも感情のない物質か?結論が出るまで時間がっかりそうです。

 

 今、美しい地球にあこがれるのは、地球の写真がきれいすぎるからです。

コメント 1件

  1. skylineR31gts Says:

    「現実の世界」と「‘あの世’に行ってからの世界」とを比較し悩むなんて、私には思いつきもしませんでした。私なら単純に「当然ながら現実の生活が優先」と考えるでしょうから。さすがです。

    私などは、電気自動車すら未だ選択肢に入っておらず、如何にしてガソリン車に乗り続けようか、と考えている位です。
    一度、この辺の考えをリセットする必要があるかもしれない、と本日のブログを拝見して思いました。何が本当に重要なのか、必要なのか、何を求めるのか、時間ができたら考えてみたいと思います。

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